芸能界におけるビジネスと人権に、ひとつ進展がありました。
旧ジャニーズ事務所の事案が注目を集めているなか、NHKは第74回NHK紅白歌合戦の制作にあたって、2023年11月14日に「第74回NHK紅白歌合戦の出演者に対する人権尊重のガイドライン」を発表しました。4点目に子どもの権利の尊重、児童労働と児童虐待を認めないこと、未成年については労働基準法および関係法令・法規の順守が示されたことは、大きな意義があります。
「第74回NHK紅白歌合戦の出演者に対する人権尊重のガイドライン」
人権、人格を尊重し、コンテンツ制作のあらゆる段階で、誰もが十分に能力を発揮できる規律ある制作現場を目指します。出演者に対する性的搾取、性的虐待を排除し、悪質な嫌がらせや差別的または攻撃的な行動を認めません。
制作現場において、人種、民族、国籍、宗教、障害、政治的思想、性別、年齢、ジェンダーなどいかなる理由による差別も認めません。
強制労働など人権を侵害する労働慣行は認めません。
子どもの人権を尊重し、児童労働や児童虐待を認めません。未成年の出演者については、労働基準法など関係法令・法規を順守します。
出演者1人ひとりの心身の健康に配慮し、安心・安全な環境の確保に努めます。
NHKのすべての役職員は、出演者の人権を尊重します。
芸能事務所など出演者に関係するすべての取引先に対しても、本ガイドラインへの賛同を求めます。
日本に児童労働?
と、思われた方がいらっしゃるかもしれません。
児童=子どもとは18歳未満の人で、児童労働とは、以下を指します。
雇用最低年齢=15歳(義務教育を修了)未満の人が、労働に従事すること
18歳未満の人が、心や身体に悪影響がある危険な労働をすること
日本は、児童労働に関する次の2つの国際条約を批准していて、この国際条約に規定されていることは、労働基準法関係法令に反映されています。
最低年齢条約(ILO第138号、1973年)
最悪の形態の児童労働条約(ILO第182号、1999年)
子どもに関する労働基準法関係法令の違反件数
厚生労働省労働基準局は毎年「労働基準監督年報」を発行していて、労働基準法関係法令の違反件数を報告しています。最低年齢と就業制限(危険有害労働)の違反が、児童労働と見なされます。ただし、報告は事業場数となっているため、何人の子どもが違法な状況で働いていたかは不明です。
最低年齢違反を業種別に見ると、映画・演劇業で毎年最も多く報告されており、2017年、2018年、2019年がそれぞれ5事業場、2020年は3事業場となっています。
表:年少者に関する労働基準法関係法令の違反状況(事業場数)
芸能界で働く子どもについてのグレーゾーン
雇用最低年齢未満の子どもの労働
雇用最低年齢は15歳になった後の4月1日からと定められていますが、許可があれば、中学生に軽易な労働が認められています。
13歳未満の子どもには軽易な労働を含むすべての労働が禁止ですが、映画・演劇業の子役などは例外とされ、中学生の就労と同様に行政官庁の許可を得たうえで働くことができます。ただし、労働時間や深夜労働などに制限があります。
所定の手続きを行えば15歳未満の子どもの就労が可能であるにもかかわらず、違反が起こっています。
労働者? 個人事業主?
労働基準法は労働者を対象とする法律で、個人事業主など「労働者性」がない場合には労働基準法が適用されません。
子役、歌手、タレントなど芸能関係の仕事に従事する子どもの場合は、労働省(当時)が1988年に出した通達(昭和63年7月30日基収355号)に則っていて、次の4つの要件が満たされた場合は、労働者ではないと示されました。
そのタレントに代替して芸能活動ができる人がいない
報酬は、稼働時間に応じて定められるものではない
スケジュールの関係から出演時間などが拘束されても、プロダクションなどとの関係で時間的に拘束されない
契約形態が雇用契約ではない
個人事業主であるか否かについては、目安となる基準はありますが、ケース・バイ・ケースの判断となっていて、労働基準法が適用されるか/されないかの分かれ目となります。
深夜労働
18歳未満の人を午後10時から翌日の午前5時の間は働かせてはいけないと労働基準法第61条で規定されています。
しかし、個人事業主であると認められた芸能界で働く子どもは、労働基準法が適用されませんから、深夜働いてもよいということになってしまいます。
そこで、芸能プロダクションや放送局が自主的に、15歳未満は午後9時まで、18歳未満は午後10時までの出演としているそうです。
今後の対応に期待
このように芸能界には児童労働のリスクがあり、合法か違法な労働かの判断基準が明確でないところがあります。NHKが人権尊重のガイドラインに子どもの人権の尊重、児童労働や児童虐待を認めないと明記したことは、子どもの権利を守るうえで重要な進展です。また、NHKだけでなく、芸能事務所など出演者に関係するすべての取引先に対して、ガイドラインへの賛同を求めていることも評価されます。
このガイドラインをきっかけに、第74回NHK紅白歌合戦だけでなく、芸能界全体で子どもの権利が保障され、権利侵害があった場合には子どもが声を挙げられるようなシステムが構築されることを願います。また、わたしたち一人ひとりが子どもへの権利侵害を見逃さない・許さない社会となっていくように、ACEも活動していきます。
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